らしさ初級
「自分らしさ」を感じられることわざや四字熟語ってあるのかしら?
らしさ中級
昔は「自分らしく」というのはあまり良い意味ではなかったのだけれど、そんな中でも今の使われ方に近いものを探してみました。
「自分らしさ」をあらわしたことわざってあるの?と感じている方もいるのでは、、、。と思い、今回は
自分らしさの二字熟語・四字熟語・ことわざ
を調べて、まとめて一気にお見せします。
漠然とした「自分らしさ」がさらにはっきりわかるので、是非読んでいただきたいレシピです。
[rtoc_mokuji title=”” title_display=”” heading=”” list_h2_type=”” list_h3_type=”” display=”” frame_design=”” animation=””]悠久の時から伝わる言葉には深い意味がある!安易な意味に流されないように。
「自分らしさ」とは
簡単に説明すると、
独自性、自分本来、自然体、気随(自分の思うまま)
といえます。
なお、より詳しく知りたい方は、
「自分らしく」「自分らしさ」って何?な記事
「自分らしく」の同義語・類語、の記事
などもご覧ください。
「自分らしく」の二字熟語
「自分らしく」の二字熟語には良い意味と悪い意味がありました。
「自分らしく」の二字熟語(良い意味)
- 飄々、天真、達観
- 唯我、主我、個我
- 雄飛、我意、自在
「自分らしく」の二字熟語(悪い意味)
- 放恣、奔放、放逸
- 気儘、自儘
「
「自由気ままに生きている人」って、ちょっと前までは否定的な印象でしたが、今だとちょっと憧れの対象になりはじめていて、これからさらにその印象は加速しそうです。
らしさ中級
「自分らしく生きている人」も同じく良い印象になってきていますよね!
「自分らしく」の四字熟語
「自分らしく」と似た四字熟語は、以下の悪い意味もあります。
「自分らしく」の四字熟語(悪い意味)
- 自己本位、自己中心、自分勝手
- 得手勝手、手前勝手
- 気随気儘、我儘気随、気随気侭
良い意味の方はもうちょっと詳しく説明します。
天真爛漫(てんしんらんまん)
これは「自分らしく」の「自然体」な面を強調した四字熟語といえます。
「飾ったり気どったりせず、ありのままであること。純真そのもので、思う通りにふるまうこと。無邪気で明るいさま。」という意味です。
まさに「自分らしく」ですね♪
ただ、この言葉は子供に使うことが多く、大人に使うと良くない感じがしませんか?
「天真」は純粋な性格、「爛漫」は自然のままに輝き現れる様子なので、決して大人に使っていけない言葉ではないはずなのに、ありのまま、そのままの様子でいては大人になれないのか?とすら感じてしまいます。
類義語に「明朗快活」「純真無垢」「天衣無縫」があげられます。
てんしん-らんまん【天真爛漫】
飾らず自然のままの姿があふれ出ているさま。生まれつきの素直な心そのままで、明るく純真で無邪気なさま。
▽「天真」は純粋な性格、「爛漫」は自然のままに輝き現れる様子。
てんしんらんまん【天真爛漫】
飾り気がなく、心に思うままであることが言動に表れ、また明るさと無邪気さのあふれ出ているさま。
てんしん‐らんまん【天真×爛漫】
[名・形動]飾ったり気どったりせず、ありのままであること。無邪気で、ほほえましくなるようなさま。
活殺自在(かっさつじざい)
これは「自分らしく」の「気随」な面を強調した四字熟語といえます。
「相手を生かすも殺すも、好きなようにでき、他を自分の思いどおりにあやつることが可能なこと」という意味です。
他人が関わってくる分、ちょっと「自分らしく」の唯我な雰囲気にそぐわない気もしますし、どこか悪いニュアンスも感じますが、仙人ぽい飄々とした印象もあり、自分の思い通りに好きにできる、という部分が類似しているかと思い、選びました。
類義語に「
かっさつ-じざい【活殺自在】
自分の思い通りに扱うさま。生かすも殺すもこちらの思うがままである意から。
▽「活殺」は生かすことと殺すこと。
「自在」は自分の思いのままである意。
かっさつじざい【活殺自在】
他を自分の思い通りに扱うこと。生かすも殺すも思いのままにできるという意から。
注記:「活殺」は、生かすことと殺すこと。または、生かしたり殺したりすること。
「自在」は、自分の思いのままになる。
かっさつ-じざい【活殺自在】
生かすも殺すも思いのままであること。
相手を思うままに扱うこと。
吾唯足知(われただたることをしる)
これは「自分らしく」の「自分本来」な面を強調した四字熟語といえます。
「足りているということを知ること。満足する気持ちを持つ」という意味です。
「知足のものは、貧しといえども富めり、不知足のものは、富めりといえども貧し」という釈迦が説いた教えがあり、京都の龍安寺にはその「知足」の心を図案化した 蹲踞 があります。
「吾唯足知」は仏教の教えでもあり、中国の名言、名句の一つでもあり、禅からきている教えともいわれ、老子の教えにもある言葉ともいわれています。
確かに達観した言葉です。
こちらは四字熟語の辞典類には載っていないようでした。
類義語に「
らしさ達人
「足るを知る」という言い回しのせいか「不足してても満足している」「限度を知っている」「身の程を知っている」なんて意味にとられがちだけれど、「今のままの自分で十分、不足しているところなんてない状態だと知っている」という意味が近いってことを知ってほしいな。全然逆の意味よね。
不羈奔放(ふきほんぽう)
これは「自分らしく」の「気随」な面を強調した四字熟語といえます。
「つながりから解かれ、常識などに囚われずに、自分のやりたいように、自由に行動して生きること」という意味です。
「羈」は「つなぐ」という意味をもつ漢字です。
とらわれている考え方や思い込み、また他人の評価などから解放されて、自由に生きる様子が描かれたまさに「自分らしい」四字熟語といえます。
類義語に「
「狷介不羈」は、自分の意志を曲げず、何者にも束縛されないという意味があります。
かたくなな感じが強く「自分らしさ」が悪い方にいってしまった印象です。
ふき-ほんぽう【不羈奔放】
何ものにも拘束されず、思いどおりに振る舞うこと。また、そのさま。
▽「羈」はつなぐ意。「不羈」は束縛を受けず自由なこと。
「奔放不羈」ともいう。
その他の四字熟語
他にも以下の四字熟語を「自分らしく」に近い意味かと選ばせてもらいました。
空行く雲や流れる水のように、深く物事に執着せず、淡々として自然の成り行きに任せて行動するさま。
何ものにもとらわれないのびのびとした気分。広く豊かな気持ちで、公明正大で何ものにも屈しない。物事にとらわれない、おおらかな心持ち。
天馬が大空を勢いよく駆け回るように、思想や行動などが自由なこと。着想などが自由奔放でなにものにもとらわれないさまを表現する言葉。また、文章などがのびのびとしているさま。
十分に満ち足りていて、少しも不足がないこと。すべて欠けるところなく備わっていること。完全無欠。
春風がそよそよと気持ちよく吹くさま。平和で穏やかな様子。穏やかでのんびりとした性格や態度、温和な人柄のたとえ。
世の中の世俗や雑事、世俗的な気持ちから離れてのんびりゆったりした気持ちで自然や趣味、芸術などを楽しむ、あるいは余裕をもって人生を眺めようとする趣向。
なにものからも縛られずに、好きに暮らすことのたとえ。
世俗を離れて、山野に隠れ住み、自由気ままに暮らすこと。世俗にまどわされず、心のままに暮らすこと。
らしさ中級
自分に響く言葉、こうありたいなと思える言葉はありましたでしょうか?
「自分らしく」のことわざ
蟹は甲羅に似せて穴を掘る(かにはこうらににせてあなをほる)
これは「自分らしく」の「自分本来」な面を強調したことわざといえます。
カニは自分の大きさに合わせて穴を掘るところから「人はその身分や力量にふさわしい言動をしたり、望みを持ったりする」という意味です。
調べていると「カニみたいな小物な人は、分相応なところで満足している」のような捉え方をされている解説が多かったですが、このことわざも「吾唯足知」と同じように、足るを知る、大きくも見せず、見栄をはるでもなく、自分に合った穴を掘って満たされていると捉えるべきなのではないかなと思いますが、いかがでしょうか。
得意淡然 失意泰然(とくいたんぜん しついたいぜん)
これは「自分らしく」の「自然体」な面を強調したことわざといえます。
「得意のときに
物事に左右されず、心に余裕を持ち、自然体でゆったりと構えていられるようになるためには、「自分らしさ」を身につけていることが大切です。
物事がうまくいかない時にはあせらず落ち着いた態度でいて、うまくいっている時にはおごらずつつましい態度でいるというのは、「自分らしさ」がしっかり身についている人にとっては何のこともない当たり前の状態といえるでしょう。
「人間万事塞翁が馬」ということわざにも通じます。
他の人から見たら「よかったね!」「つらかったね!」と右往左往することでも、本人はいちいち動じなかったという逸話。
あとは、エックハルト・トール著の『ニュー・アース』に出てくる白隠禅師の「ほう、そうか?」の逸話にも通じます。
ここがイイ!
「自分らしく」生きたいと思いつつ、どうしたらいいかわからないという人は是非、読んでいただきたい一冊。
余計なことをあれこれ考える「エゴ」がいかに雑音を生み出している元凶かがよくわかります。
読んですぐに意識の変化を感じることができます!
実るほど頭を垂れる稲穂かな(みのるほど こうべをたれる いなほかな)
これは「自分らしく」の「気随」な面を強調したことわざといえます。
「立派な人格を形成した人物は、偉くなればなるほど、頭の低い謙虚な姿勢になっていく」という意味です。
稲が実を熟すほど穂が垂れ下がるように、人間も学問や徳が深まるにつれ謙虚になり、小人物ほど尊大に振る舞うものだという含みもあります。
調べると多くは「知識や徳を学び、人間として謙虚で立派な人」と出てくるのですが、知識や徳を学ばないと人格者になれないというわけではなく、やはり「装った人柄ではなく生来の自分として行動できるかどうか」が大切な部分なのではないかと感じます。
そして注意しなければいけないのは、「謙虚な人」というのは、決して相手にあわせる人ではないということです。
「能ある鷹は爪を隠す」ということわざにも通じますが、能ある人は驕り高ぶらない、というニュアンスが近いので、「謙虚な人になろう」として、自分を殺して相手に合わせようとか、そこを間違えないように気をつけましょう。
類義語に「
ことわざではないですが。番外編
坂本龍馬が詠んだ歌に
世の人はわれをなにともゆはゞいへわがなすことはわれのみぞしる
という歌があります。訳すと「他人は私のことを何とでも言いたければ言えばいい。私が成すことは私だけが知っている。」となります。
意味は「言いたいやつには言わせておけ、自分のことは自分がわかっている」となり、とても「自分をつらぬいた」和歌なので載せてみました。
まとめ
いかがでしたか?今回は、
「自分らしさ」の二字熟語・四字熟語・ことわざ
について調べてみました。
ことわざは熟語は、時代によってともすると、違った意味に変化してしまいがちなのですが、悠久の時から伝わる言葉には特別深い意味があるわけで、学ぶべきことが多いといえます。
できるだけ前向きな意味にとらえて、言葉の重みをかみしめつつ、一緒に自分本来の姿になって、自分がよいと思うままに行動できるようになりましょう!
この記事があなたの「自分らしさ」をつらぬくためのお役に立てたら嬉しいです。